2014年05月07日

貴重な体験

理由のある幸せは、形を変えた不幸である。
〜ヴェーダーンタ学派の言葉
何やら痛い。。
というものの、なんだかほっとした。
ティーンネイジャーの頃、
学校から帰ってきて、自分の部屋に入ったとき、
薄っぺたい絨毯の冷たさが足先につーんと来て、
ふと私は孤児だった?という気がしたけれど、
でも実際には両親がちゃんといることを思い出し、
ということは私は幸せなんだ、私は幸せ、と思った。
そのことを、
時間も空間も色も体感温度も丸ごと覚えているけれど、
形を変えた不幸だったのね。
やっぱり。
その思い方でよかったんだ。
だからといってどういうことでもなく、
私はいろいろ体験をして生きているのでいいのだけれど。
そう。
すべてこれでよかったのです。
posted by Mimoza at 22:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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